2020年08月04日

トヨタ自動車社長のノンフィクション「豊田章男」(片山修著)を読んで(最終話)

豊田章男氏はなぜ変われたのかと考えると。やはり聴聞会だと思います。腹をくくるということできた、開き直ることができたというのは、ある種の「悟り」の境地だったのかもしれません。

豊田章男氏は常に答えを持っていると思います。自分と常に無意識で向き合っているのでしょう。だからどんな質問にも即答できると思います。禅問答と一緒ですね。

常に成長しようとする姿に人は巻き込まれます。結局は成長し続けようという心構えが人徳であり人格なのかもしれないと、この本を読んで、豊田章男氏を見てそう思いました。

30代の頃、私は地元商工会議所や青年会議所に入会し、いろんな2代目3代目の方々にお会いしました。私も工務店の2代目でしたが、自分で事業を始めました。この頃は家を継いだ方々に対し、苦労もしないで社長になっていい身分だなと思っていました。

今思えば嫉妬であり、妬みでした。私は開業の苦労から始まり、お金の心配ばかりしていましたからうらやましかったのです。自分の方が経験もあり、苦労した分人間的に上なんだと思っていました。自分を正当化する歪んだ感情ですね。

その後、自分を深堀するようになって、人を認められるようになって、自分の小さな小さな器での考えに気付き、恥ずかしくなりました・・・。

私が家を継がなかった一番の理由、父親と比較されたくなかったからです。自己顕示欲が強かったのです。今でも自己顕示欲は強いですが、強いことを自覚しています(笑)当時は自己顕示欲が強いなんて考えもしなかったですね。

家を継ぐ。いきなり社員の皆さんの生活に責任ができ、周囲から先代と比較され続け、創業者のように自由に動けない・・。どこか家を継いだことに劣等感や後ろめたさをもっているのだとしたら・・私だったら心が疲れてしまうかもしれないですね・・。

実際そういった悩みを打ち明けてくれた方が多くいらっしゃいました。もちろん皆が皆そうではありません。家を継いだからこそできることに挑戦したり、全てを飲み込んで邁進する方々も多くいらっしゃいました。

私はお金に心配していないとか、いい車に乗ってとか、そういう面ばかり視て勝手にひがんでいただけだったのです。

30代の自分、40代の自分、まだまだ青かったですね(笑)そして、今の自分も青かったと笑える時が来るよう学び続けようと思います。

トヨタ自動車社長のノンフィクション「豊田章男」(片山修著)を読んで、たくさんの気付き、学びがありました。豊田章男氏、尊敬する経営者の一人になりました〜!
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トヨタ自動車社長のノンフィクション「豊田章男」(片山修著)を読んで(その3)

その2の続きです(笑)

常に自分の言葉で話し、いつでも相手を受け入れる。誠心誠意を持って人と接する。これを続けていれば勝手に周囲がもり立ててくれるのでしょう。そしてそれが「人徳」になるのだと思います。

豊田章男氏が社長として周囲に認められたのはやはりリコール問題の聴聞会がきっかけだと思います。ここで会社の方々は豊田章男氏を初めて三代目ではなく社長と見たのではないでしょうか。全責任を持って自分の言葉で誠心誠意尽くす姿に心をうたれたのではないでしょうか。

責任を回避しようとするトップが多い中で、腹をくくれたのは豊田家三代目という立場だったのかもしれません。これがサラリーマン社長とは決定的な違いなのかなと感じました。そう考えると、家を継ぐ方できちんと自分を持っている方は尊敬します。

豊田章男氏はどん欲です。どんな会社であろうと学ぶ心を持っています。フットワークがよい。

企業的には格下のマツダと提携してマツダに教えを請うことができる方です。同盟会社も増やし、上から目線を取り払って進んでいく方です。目的がはっきりしているのでしょうね。さんざん心がぶれた人生だったから、もうその後悔はしないという覚悟があるかもしれません。

人ですから焦りもあるでしょう。常に心休まることはないかもしれませんが、レースをしたりすることで非日常を得ることによって自分を確立しているのだと思います。

豊田章男氏は組織をどんどん変えて行っています。スピード感もすごい。信念の元に動き、今は心がぶれていないからこそ、共感を得られ、協力者もたくさんいるのでしょう。人間力がどんどん増しているのでしょうね。

立ち止まらず、常に変革し続ける。まだまだですが、私もその信念で進んでいきたいと思います。
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2020年07月26日

トヨタ自動車社長のノンフィクション「豊田章男」(片山修著)を読んで(その2)

豊田章男氏はイチロー氏とも馬が合ったようです。お二人の対談があり、意気投合したお二人はその後も繋がりがあったのでしょう。豊田章男氏のインタビューなどからイチロー氏をリスペクトしている発言が見受けられました。

お互い孤独で崇高に自分を高めようとしているから点が同じなのだと思います。しかし崇高というのは私の勝手な見方で、本人達は普通のことなのかもしれません。人は(自分は)どこかフィルターを通して人を見てしまうものです。

このフィルターを取り除き、人と向き合う努力はやはり大切だと思います。そうでなければ偏見で見てしまいます。私が思う偏見とは、自分の心にある嫉妬や妬み、真っ直ぐに向き合わない心の負い目でしょう。私はこれを取り除く作業はずっと続いていますが・・・。

豊田章男氏はひらめくことが多い方です。たくさんの時間、自分と向き合ってきたのだと思います。自分が三代目であることになぜ、どうして三代目なんだろうと何度も何度も考えたことでしょう。

そしてその都度自分と向き合ったと思われます。それは自分から逃げないことであり、そしていつしか自分の運命を受け入れたときから、豊田章男氏は邁進します。

自分と向き合える方は、いろんなセンサーが磨かれると思います。だからひらめくことも多いのだと思います。

豊田章男氏は社長になってすぐに、リーマンショックやリコール問題に襲われました。特にアメリカでのリコール問題では公開処刑をされた気持ちだったと思われます。

私が豊田章男氏を尊敬するのは、どんなときでも自分の言葉で話すことです。原稿を読み上げることをしないことです。

自分の言葉を発することに批判する有識者も多いかもしれません。しかし大半の人は、自分の言葉で話す姿に共感を覚えます。感動を覚えます。

この、自分の言葉で話された豊田章男氏には多くの方々が味方になってくれたようです。やはりそこには感動があったのでしょう。

私も常に自分の言葉で話していこうと思っています。以前私の働く業界の支部長をさせて頂いた際、4年ほど毎年賀詞交歓会で挨拶をさせて頂いたことがあります。その時は自分の言葉で自分の考えをお話ししました。

するとありがたいことに、とっくに支部長をやめた今でもご来賓で出席されていた国会議員の方には賀詞交歓会でお会いするたびに、私の挨拶は自分の言葉で言っていたということを褒めてくださいます。参考書の朗読のような話は、人にはすぐ見抜かれてしまうのでしょうね。

いつでも自分の言葉で話せるように、常に準備をしておく、常に学んでおかなければと思います。さぼるとすぐ話せなくなりそうなので・・・。
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2020年07月21日

トヨタ自動車社長のノンフィクション「豊田章男」(片山修著)を読んで(その1)

豊田章男氏は「情熱の人である」というのが読み終わった感想です。

ただ、最初から情熱の人だったわけではなく、様々な経験を経て、情熱の人になったのだと思います。

家を継ぐ者・・・。それは先代と比較されて生きていくのが宿命です。自分が望んでそこに生まれたわけではありません。しかし、人は豊田章男氏を羨ましがり、妬むでしょう。お金持ちの家に生まれ、超一流企業の御曹司。いずれ社長になる立場。何不自由ない生活ができる。これが私も含めた豊田章男氏への一般的な見方だと思います。

しかし、家を継ぐ方は、本人自身は決して恵まれている訳ではないと思っている気がします。確かにお金に心配することはないでしょう。お金に苦労している私から見れば羨ましい限りです。

人はお金があれば幸せに生きていけるわけではありません。もちろん、お金は大事です。でも、人はお金があるだけでは満足できません。多くのそういった方々にお会いしてきましたので。

豊田章男氏はかなり孤独であったのだと思います。大学時代はホッケー部で仲間もたくさんいたでしょう。しかしトヨタ自動車に入社してからは、周囲には腫れ物扱いされていたと推測します。それでも何人かの上司が一人の部下として、一個人として接してくれたようです。

人は、自分を一個人として接してもらいたい方もいれば、肩書きで接しなければへそを曲げる方もいます。章男氏は一個人と接して欲しいと渇望していたと思います。

豊田章男氏は「もりぞう」という名前でレーシングドライバーもしています。「もりぞう」のときはトヨタ自動車の代表取締役豊田章男ではなく、ただの「豊田章男」になれるからだし、そう接してくれる仲間のいるレーシングチームは居心地が良いからだと思います。

私はご縁があって出会った方にはきちんと向き合います。その方を知ろうとする意識、その方に向き合うという意識が人付き合いには最も重要なことだと思っています。これは読書する際も同じで、登場人物を知りたいという思いで読み進めます。

人を知ろうとする、向き合うということ、それは常に自分とも向き合うことだと思います。そして自分と向き合うことで相手の方も視えてきます。経験者は語ります。

暑苦しい接し方、暑苦しい付き合い方にならないようには気を付けていますが(笑)
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2020年04月08日

お天道さまがみている

「お天道さまがみている」

子供の頃、よく祖母に言われました。
人の悪事や嘘は、他の人が見ていなくても太陽は見ているのだから、どんな時も悪事を行ったり嘘をついたりしてはいけない、という教えです。

それなりに年齢を重ね、自分を俯瞰で見たり、自分の本音と向き合えるようになってきた昨今、何気なくこの教えを考えてみました。

誰も見ていないから多少の悪事をしたってバレやしない。バレなければ構わない。そんな思いは誰しもがあると思います。私もあります。

お天道さまとは誰のことなのだろうか・・・。神様のことだろうか・・・。

人は自分自身に対して嘘をつきます。悪事をしたとしても、自分を正当化する人が多いでしょう。それで良しと完結します。しかし、どんな強靭な心の持ち主でも深層心理に後ろめたさは蓄積するのではないかと思っています。

人は自分の本音と向き合うことを極力さけると思います。なぜならば本音は自分の嫌な、見たくない部分だからでしょう。だから自分を保つために、自分の行ったことを正当化して自分自身に納得させているのだと思います。

結局・・・
お天道さまとは・・・、自分自身のことなのかもしれないですね・・・。単純な答えですが・・・。

自分の行った行為は、自分が一番知っています。どんなに誤魔化しても、どんなに正当化しようとしても、自分が一番分かっています。

「自分自身には嘘をつきとおせないよ、ずっと苦しむだけだよ。だったら最初からするんじゃないよ」という意味で「お天道様がみている」という先人たちの戒めかもしれません。

自分の心を救うための教えなのかもしれないですね。
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2020年03月15日

福島智さん

福島智さん

この方をご存じの方もいらっしゃると思いますが、簡単にご紹介させて頂きます。
1962年にお生れになり、3歳で右目、9歳で左目を失明。14歳で右耳が聞こえなくなり、18歳のときに残された左耳も音を失い、全盲ろう者になられます。

私が初めて福島智さんを知ったのは確か7年くらい前に、電車の中で雑誌で記事を読んだ時でした。読みながら、何度も本を閉じてしまいました・・・。

先天性ではなく、後天的に目が見えなくなり、そして聞えなくなっていった・・・。

私が明日、そうなったらどうなるんだろう・・・。視えない、聞えない・・・。そんな状態で正常な精神状態でいられるのか・・・。

無理ですね・・・。死ぬことも考えてしまうでしょう・・・。

福島さんは違います。お母様が考案された指点字で会話を行われ、盲ろう者ではじめて日本の大学に進学され、現在の職業は東京大学で教授をなされています。凄いとしか言葉がありません。安易ですが、この言葉しか浮かびません。

何も視えない、聞えない、私はこの状態で何か行動を起こせるのだろうか・・・。何度も自問自答しました。恐怖しかなく、縮こまっていることしかできないと思います・・・。

福島さんは違った。前を向いて進み始め、今も突き進んでいます。たくさんの眠れない夜があったと思います。笑顔でいても、心の奥底ではたくさんの不安を抱えていたと思います。それでも盲目になってしまわれる前の17歳の時にこのような手記を残しています。

「もし、自分に使命というものがあるなら、それは果たさないといけないだろうし、その使命を果たすためには、この苦悩をくぐり抜けねばならないだろう」

私は51歳です。そこそこの大人です。同じような状況になった時、このような言葉を発せられるのか・・・。

日々少しづつですが鍛錬することにより、常に現実と向き合って生きているつもりです。常に自分の本音と向き合って生きているつもりです。

つもりでした・・・、が今の私には正しいかな・・・。

17歳の時の福島さん、51歳の私。人間力には桁違いの差があると感じました。そしてまた、今の自分の至らなさを見つめ、精進しようと思います。

まだまだだなあ・・・。

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2020年03月08日

地域電器店の復活

町の電器屋さんチェーンの「アトム電器チェーン」という会社があります。地域電器店の復活を目指す会社です。創業者は井坂泰博さんです。

井坂さんは、ご商売を始めた頃、「自分が儲ける」ことが商売だという理念からスタートしています。それは間違っているとは思いません。誰しもが儲かりたいと思うのが普通だからです。

儲かって良い生活がしたい、お金を持ちたい、家族が豊かになって欲しい。私もそう思っていました。今でもその気持ちがあるのも事実です。

ただ、人間の欲には際限がありません。現状に満足しないことが多いと思います。以前の自分より今の自分の方が明らかに稼いでいる。以前の自分だったら今の水準の方を見て羨ましい、ああなりたいと思っていたことでしょう。

しかし、いざその立場になると、次を羨ましくなり、ああなりたいと思ってしまう。見方を変えればそれは成長していることだし、成長へのモチベーションではあるのだと思います。

しかし、自分本位の考え方はやがて破綻することが多いのかもしれません。皆が皆そうではないと思いますし、自分本位でも企業的には成長している例もたくさんあるでしょう。

深層心理の中に実は違うのではないかという気持ちがあったとしても、人はその自分を認めようとしないのだと思います。だからその意識していない不安を取り除くために、更にエネルギーを使って成功しようとするのかもしれません。

井坂さんはお金だけで突き進んできた事業が破綻してしまいました。最初は意味が分からなかったと思います。しかし、いろいろなセミナーに参加し、人の話に真摯に耳を傾け、自分と向き合った結果、「自然体の経営」にたどり着きました。

近年の井坂さんの自然体な姿のお写真を拝見したときは、「年輪経営」で有名な伊那食品工業の塚越会長に似ていました。共通しているのは穏やかな表情だということ。塚越会長も「利他の心」をお持ちの経営者です。

井坂さんの「身の丈にあったとことをすれば成功する」というのは、孫子が言う「彼を知り己を知れば百戦して危うからず」の己を知るということに他ならないと思います。

己を知る、自分と向き合うというのは簡単にはいきません。しかし、素直に正直に自分と向き合うことをし続けることによって次第にできるようになるのだと思います。

私はどうか。近年、ようやく「利他の心」を少しずつ持てるようになってきました。他の方のことを考え、物事を進められるように少しはなってきました。しかし、まだまだ「利己の心」が頭をもたげてきて、自分のことを優先に考えようとする自分がいます。

これはずっと続くのだと思います。その中で、「利他の精神」が常に自分の価値基準になれるよう日々自分と向かい合うことによって、「利己の心」薄めていくことが今の自分に必要なことだと感じました。
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2020年03月01日

今泉健司棋士 30年越しの夢

今泉健司さんというプロの将棋棋士がいらっしゃいます。

私が愛読している人間学を学ぶ雑誌「致知」という雑誌に今泉さんの記事が載っていました。「30年越しに叶えたプロ棋士という夢」というタイトルでした。

今泉さんはプロになるまで30年の歳月が必要でした。途方もない長い年月です。今私が51歳ですので、大学3年生の時から今日までという時間です。

今泉さんはプロになることができず、紆余曲折しながら生活しているとき、介護事業の職業に就かれます。その時に学んだことは「感謝」。「感謝」は今泉氏に計り知れない変化を与えたようです。私自身「感謝」を知り、その気持ちを持ち続けることによって自分を変えることができた一人なので、今泉さんの心の変化に共感できます。

また、今泉さんは「周囲の人を笑顔にしたい」という気持ちが芽生えた時、ご自身の考え方、気持ちが変わっていきました。「利他の心」に目覚めた時から将棋への向き合い方が変わっていたようです。

今泉さんは若い頃は思うにネガティブ思考の方だったのだと思います。プレッシャーに押しつぶされ、転落していった。それが感謝する心、利他の心、自分を受け入れる心を持つことによってポジティブ思考に転換していったのだと思います。

今泉さんはこう言っています。「喜べば喜びごとが喜んで喜びを集めて喜びに来る」この言葉はポジティブでいられるためのおまじないなのでしょう。

私も時折、ネガティブ思考が頭をもたげてきます。怖いのはそのことばかり考えていると本当に闇の思考に落ちていくことです。そんな時は私は極力「笑顔」を作り、笑顔を続け、脳をだますように仕向けます。

また、迷った時や悩んだ時などは自分自身に「で、どうする?」と心で声をかけます。すると冷静になってきて前向きになってきます。そうやって常にブレる自分と向き合いながら生きています。まだまだですが・・・。

今泉氏は遠回りしてきたけどそのおかげで多方面から講演の依頼があるといわれています。今や完全にプラス思考ですね。

この記事を読み自分を見つめていて気付いたことがあります。今の自分を作っているのは過去の自分です。ということは未来の自分を作っているのは今の自分です。

私はこれからも紆余曲折してブレるだろうと思っています。ブレていることを自覚しつつ、常に自分に言い聞かせる言葉「で、どうする?」と心でつぶやきながら、ポジティブに進んでいけるよう努力していかなければと考えさせられました。 

いやあ・・・、まだまだです・・・あせあせ(飛び散る汗)
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2019年02月14日

幸せとは〜伊那食品工業視察〜

昨年のことで恐縮ですが・・・
地元商工会議所主催の視察研修に参加致しました。視察先は長野県伊那市の「伊那食品工業」様。かんてんぱぱなどで有名な国内トップの寒天メーカーです。

以前からビジネス誌で塚越会長のコラムを読んでおりました。こんな穏和な考え方の経営者がいらっしゃるのかと気にはなっていたので、この度視察研修に申し込み致しました。正直、会長のお話ではなく役員の方のお話なのでどうしようかと考えておりましたが、せっかくのご縁、参加しようと決めました。

参加するに当たり、塚越会長の著書「リストラなしの年輪経営」と、塚越会長とグループソフトウエア開発会社「サイボウズ」の青野社長、塚越会長とミドリムシ培養に成功した「ユーグレナ」の出雲社長との会談を掲載した「いい会社ってどんな会社ですか?」を購入して読みました。

最近、自分自身が何となく思い始めた考えを実践されている塚越会長の考えに衝撃を受けました。また、対談された若き社長のお二人は上場企業のトップ。誰もがうらやむお二方が塚越会長に教えを請いに行く・・。この対談の内容に頷くことが多々ありました。

最近何年も考えていたこと、「幸せ」とは何か。そして自分の理念「感謝し続ける」ということはどういうことか。この考えの答えを正に実践されていたのが塚越会長率いる伊那食品工業でした。

私自身機会があればまた幸せについて語ろうと思います。
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2017年11月17日

母校の大同窓会「ホームカミングデー」

私の母校(高校)は、50歳になるとその同期の同窓会が学校行事として行われます。私はラグビー部出身で、先輩方からそういう行事あることは何となく聞いていました。「ホームカミングデー」という行事です。

9月に1つ上の先輩方のホームカミングデーが開催されました。夏前から部の先輩から手伝いに来てくれと言われており、取り敢えず委員会に参加しました。

驚きの事実がありました・・・。

勝手に学校側が呼んでくれるのかと思っていましたが、1年前から先輩方自分たちで実行委員会を立ち上げ、全てを準備しているとのこと・・・。そして、いろいろな部の先輩方が後輩達に声をかけ、襷リレーのように手法等を伝えていっていることに、伝統を感じました。

先輩方の式典当日、我々の代30数名がお手伝いに行きました。式典の中で、現役高校生の吹奏楽部の演奏で先輩方が校歌を歌っている姿を見て、自分の代の式典でもないのにウルっとしてしまいました・・・。

参加されてる先輩方はとても楽しそうで、高校時代にあっという間に戻っているようでした。また、1年間かけて準備した実行委員会の先輩方のすがすがしい表情、達成感であろう充実した笑顔をみてまたウルっとしてしまいました・・・。

私達の代のホームカミングデーの実行委員長、同期のご指名で不肖未熟な私が仰せつかりました・・・。

高校時代に全く接点がなかった方でも、会って話せば旧知の間柄!瞬く間に仲良くなり、実行委員会を一緒にやってくれる仲間がたくさん増えました〜(^o^)みんなでワクワクしながら来年の本番を迎えたいと思います。ご縁に感謝、感謝です!!!

それと・・・自分が来年50歳になるんだなあというのも驚きでした・・・(^^;)
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