2012年08月30日

「峠」と「英雄児」を読み終えて

先日、司馬遼太郎先生の「峠」を再び読み終わりました。

以前、「峠」を読んだときの感想をこのブログにて書きました。
http://komitap.sblo.jp/archives/20100711-1.html

前回は消化不良というのが本音でした。しかし改めてこの話を読み直したときに前回と違った読み方になっていました。なぜ河井継之助はこういう行動をしたのだろう、こういう考えになるのだろうと気にしながら読んでいました。私がマネージメント研修で学んだ「原理原則」を持つということが心にあるからかもしれません。

常に深く考え行動していく河井継之助にある意味共感が持てました。

但し、歯痒いというか首をかしげることも多々あります。読者としてページをめくっているのですからその主人公は私の目の前で考え、行動している姿は客観的です。だからこそ首をかしげることもできます。このように前回と違うのはそこまでのめり込んで読んでいるという点です。

「峠」を読み終えた後、すぐに同じ河井継之助を書いた司馬先生の短編「英雄児」を読みました。同じ作家が書いたとは思えない内容でした。両作品をいっぺんに読んでこそこの河井継之助を理解できるのかもしれません。「峠」が陽、「英雄児」が陰という印象でした。

河井継之助には陽明学に基づく行動と北国一の軍事設備だという過信に基づく行動の二つの側面が合ったのかもしれないと思いました。人間は実に複雑で同時に単純で、その日、その時の精神状態で行動は全く変わってくるものなのかもしれないということを感じました。

同じ作品を何度も読む癖が私にはあります。その都度新たな発見があり、前回と感じ方が違うことにおもしろさも感じています。


「河井継之助」
幕末の僅か7万4千石の小藩越後長岡藩家臣でありながら北越戦争回避のため中立藩でいようと長岡藩を司る   
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E4%BA%95%E7%B6%99%E4%B9%8B%E5%8A%A9

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真珠の耳飾りの少女

現在、東京都美術館でマウリッツハイス美術館オランダフランドル絵画の至宝展が行われています。

メインはヨハネス・フェルメール作「真珠の耳飾りの少女」です。私はこの少女に出会って絵画芸術にのめり込んでいきました。フェルメールの作品が来日するたびに必ず会いに行きます。事務所にはフェルメール作「小路」の複製作品を飾り、また、この「真珠の耳飾りの少女」のブックカバーを使用しているくらいの大ファンです。

正直、この絵画展に行こうか迷っていました。どうせならいつかオランダに渡り、マウリッツハイス美術館で会うというのを目標にしよう、そのためにもっともっと成長・成功することをモチベーションにしようかとも思っていました。しかし、どうしても我慢できず飛んでいきました。

いつ頃が比較的空いているかを調べ、金曜日の18:30過ぎだという情報を得て先日会いに行ってきました。他の絵画は後回しにして真っ先に最上階の展示室に行き、15分くらい列に並び、僅か数秒の独占しかできませんでしたが、とんでもなく感動しました・・・。涙が出そうになりました。震えました。思い続けて20年目にして初めて本物に出会えたのです。

何度も絵画集でこの作品を見てきました。ブックカバーも毎日のように見ています。しかし、本物の絵が持つ力というかオーラに呆然としてしまいました・・・。

いつかマウリッツハイス美術館で何時間も少女の前で立っていたいと思っています。


真珠.jpg



posted by コミ-ネ at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記